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体罰禁止ってこのままでいいの?~ビンタ問題で皆思うでしょ。

 

こんにちは。くろくまです。

 

なんかビンタ問題でネット上も賛否両論とか騒いでますが、

僕が見る限り、『今回の件は問題なし』とする論調が多いような気がします。

記事のタイトルとか、公共の電波上での意見だと、体罰をしたH氏に全面的に否がある

スタンスをとるようで、これは変に擁護すると炎上してしまう恐れがあるからだと

推測できます。

 

一方でその記事につくコメントなどには、事の背景をきちんと押さえたうえで、

『これは致し方ない。むしろこれくらいの指導は時に必要。』という

擁護の声が多く挙がっている状況です。

 

 

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ニュースの件はさておき、子供を叩くことは一切ダメ、という考えは

すでに日本全国の絶対的ルールになってしまっていると思います。

こんなにクッキリと『体罰厳禁!』のルールが施行されたのは

いつごろからだったでしょうか?

 

僕はアラフォーですが、なんとなく高校のときくらいには

冗談で先生に向かって『あ~、体罰だ~。(笑)』なんて言っていたような気もします。

でもぶん殴られた時もありますけど・・・・。

 

 

体罰で後遺症が残るような怪我を負わされたり、

今でいうパワハラのような形で精神的に追い込まれ自殺してしまったり、

そんな事件が続くことで、どんどん体罰というものを『無条件悪』としていったのが

今の世の中だと思います。

 

でも不思議なもので、今回の件では『時には体罰も必要では?』という声も

聞かれるのです。

 

 

結局、『体罰禁止』というお題目が、子供のためのルールではなく、

指導する側の暴走禁止措置でしかない、ということが今の葛藤状態を

生んでいるのではないでしょうか。

 

 

よくある例えですが、

『包丁で人を刺した人がいたから包丁を作ることを禁止する』のは

おかしなルールですよね。

本来の使い方をしなかったことを厳罰に処す、もしくは本来の使い方以外は

できないように仕組みを作る、のが考えるべき道筋だと思います。

 

体罰の件も同様で、一部の行き過ぎた指導(暴行)を無くすために、

頭をこづく程度の指導も行わないようにする、というのは

まったく子供のためを思ったルールではありません。

 

まだ言葉だけの指導では理解できないことに対して、

あるいは緊急を要する指導の時など(今回のH氏のような場合)、体感で

『これはやってはいけないことだ』と理解させる場面もあるのではないでしょうか。

 

たいへん残念なことですが、行き過ぎた指導、つまり暴行と呼べる程度の

体罰事件はいつまでも起こり得るものだと思います。

それは『体罰は問答無用で禁止』という建前で解決するものではなく、

あくまで一つ一つの事件として対応すべきものではないでしょうか。

つまり『体罰禁止なのに手を挙げたから問題』となってはダメで、

『どうしてそこまで行き過ぎた指導をしてしまったのか』という視点で

事件を見なければいけないということです。

 

頭をこづいたり、廊下に立たせたり(廊下がダメなら教室の後ろでも)程度の指導は、

本来問題なく行われていたはずで、指導効果もあると思います。

教師は大人なのですから、行き過ぎには厳しい処罰があることを認知させたうえで、

軽微な体罰は各教師の裁量に任せておくべきと思うんですけどね。

 

 

こういう話題を掘り下げていくと、教師の質の問題とか、家庭での躾の問題とかに

どんどん派生していってしまうので、ここまでにします。

でも、頭もこづけない教育の仕方って、そろそろ考え直すべきじゃないかな~って、

H氏のビンタ問題で思っちゃいました。

いろいろな意見があると思うので、気分を害された方は申し訳ありません。

特に身内やご自身が体罰被害者の方は受け入れづらいかもしれませんね。

くろくまでした。